2011年3月10日木曜日

【トリッキーな交流】ひどいもんだ!

 「ひどいもんだ!」というトリッキーな交流は、「不幸な私」によく似ています。
不幸な私がノンアサーティブな態度をとるのに対して、「ひどいもんだ!」はアグレッシブ(攻撃的)です。

自分を犠牲者、他者を加害者に限定して騒ぎ立てます。同情を買おうとコントロールします。その背景には自己否定感からはじまる不安があり、不安に勝つための支配欲が日常的に大変強い傾向があります。

しかし、人は一般に支配されたくないものです。不安の末にコントロールされることは、他人のゴミを引き受けるようなものなので、健全な心の持ち主であればあるほど離れていきます。あるいは大らかな同情心の強い人ならゴミを引き受けてくれるでしょうが、それも度が過ぎると去っていきます。

結局、依存心の強い人が共依存の状態で関係を続けていくだけなので、家族でも持つと健全な家族関係が作れず、やがて崩壊するか、誰が犠牲になる形で深刻な問題を抱えることになります。
 「ひどいもんだ!」を演じる人は、その根っこに自己処罰の欲求を抱えています。
その交流は他罰の形で始まりますが、最後には「嘘つき」「ずるい奴」と周囲の人から見放され信用失うからです。

自己処罰が目的になっている原因には、自分はダメな人間だという思いが強く、その原因が親子関係にあり、「いい子」に潜んでいるように、親の方が子離れ出来ずに強い密着が長く続いている場合も少なくないのです。秘密が持てず、自立が思うように進まない挫折感があるかも知れません。「大人になってはいけない」禁止令を受けている可能性も否定できません。

大人になってはいけないこども、こども代わりに出て行く親、そして加害者にされたが演じる三角形の交流。こどものケンカに親が出て行かないのが健全な子育ての鉄則ですが、こどものトラブルが、そのまま親のトラブルに発展するようだと「ひどいもんだ!」というトリッキーな交流に発展します。

つまり、こどもと親の双方に問題があるのですが、こどもの能力を値引きしている、あるいは親の自己顕示欲が強いと、勝手にこどもの問題に首を突っ込み、自立の機会を奪いとってしまうのです。
本来は家庭内の関係ですが、擬似親子のような三角形のトリッキーな交流をやってしまうことで、同じような関係をビジネスの現場にも作ってしまう行動パターンが癖のように出てしまうのです。自己処罰を望むラケットが働いているからです。

対策は「ひどいもんだ!」と他者のせいにして周囲の人を巻き込むのではなく、自分で責任を引き受けて解決する能力を高めていくことです。つまり自立できるように力をつけていくのです。また、「ひどいもんだ!」 と攻撃する前によい面を探す努力も必要です。

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